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福島地方裁判所郡山支部 昭和48年(ワ)198号 判決 1977年12月22日

原告 郡山シャーリング株式会社

右代表者代表取締役 大森連司

右訴訟代理人弁護士 多賀健三郎

同 正野建樹

被告 山陽商事株式会社

右代表者代表取締役 紺野寿浩

被告 紺野寿浩

右両名訴訟代理人弁護士 渡部修

右両名訴訟復代理人弁護士 織田信夫

主文

一、被告山陽商事株式会社は原告に対し金七七八、〇八二円及びこれに対する昭和四八年一〇月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告らは原告に対し連帯して金一五、五九六、三三三円及びこれに対する昭和四八年一〇月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

五、この判決第一、第二項は仮に執行することができる。但し被告らにおいて金五、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告山陽商事株式会社は原告に対し金七七万八、〇八二円及びこれに対する昭和四八年一〇月一三日より、被告らは連帯して原告に対し金二、〇五九万六、三三二円及びこれに対する昭和四八年一〇月一七日より各完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の免脱宣言

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、昭和四五年六月六日訴外株式会社大塚鋼建(当時の社名は株式会社大塚商店、以下、単に訴外大塚と称する。)の全額出資で設立された、いわばその子会社に当り、営業の目的は一般鋼材及びシャーリングの販売並びに加工であった。

2  訴外大塚は、鋼材類等の販売を営む会社であり、かねてから福島県地区への進出を企画していたところ、昭和四四年秋ごろ訴外大塚の主力仕入先である丸紅株式会社を通じて、郡山市においてシャーリング業を営んでいた訴外持地一郎こと張根浩の紹介を受け、同人から、自分は昭和四三年五月以来訴外郡山シャーリング株式会社(郡山市城清水六五番地、以下、旧郡山シャーリング社という。)を経営していたが、リバースチール株式会社(当時の社名は佐野鋼材株式会社―横浜市磯子区新磯子町三番地)より負債の決済を迫られ、他にも負債があって返済が不能なので、何とかこれらの負債を肩代りして返済し、その経営をやって欲しいとの要請を受けた。そこで、訴外大塚は、右張根浩と話し合い、旧郡山シャーリング株式会社の帳簿の調査、張からの事情聴取をしたうえ、訴外大塚が旧郡山シャーリング社の負債をすべて支払い、かつ残存する機械はこれを買取る等して決済したうえ、旧郡山シャーリング社を社名変更して廃業し、原告会社を同一場所に設立登記した。

3  原告会社は、旧郡山シャーリング社の従業員を引継いだ関係上、運営の円滑を考慮してその代表取締役を張根浩としたが、経営の実質上の遂行権はすべて訴外大塚がこれを掌握し、材料及び機械設備等は訴外大塚が購入し、原告会社は、訴外大塚から材料の売却もしくは支給を受け、機械は使用貸借のうえ営業を始めた。他方、訴外大塚は同一場所に郡山営業所を開設し、事務所は共用とした。

4  張根浩は、原告会社の代表取締役(当時)ではあったものの、その実質上の経営遂行権は訴外大塚が掌握していたところからその代表取締役印は常に訴外大塚郡山営業所内の金庫に保管し同営業所長(昭和四五年六月当時谷順次郎、同四五年一一月から小須田則雄)がこれを管理していた。ところが、昭和四六年二月二七日韓国に帰国した張根浩は、帰国後訴外大塚郡山営業所長に対し、韓国の鉄鋼関係者を招待するために原告会社の印鑑証明が必要だから印鑑を貸してくれと要請し、同所長はこの要請を受けて昭和四六年四月二〇日原告会社の代表取締役印を張根浩に渡したところ、同人は、これを冒用する意図のもとに印鑑証明の交付を得たうえ、被告紺野寿浩(以下、被告紺野という。)と相謀って、昭和四六年七月七日福島地方法務局において被告紺野の経営にかかる被告山陽商事株式会社(代表取締役被告紺野―当時の本名は崔寿浩、通称山崎英男―、以下被告会社という。)を債権者とし、同社が昭和四五年八月一日金二、〇〇〇万円を貸付けたと捏造し、原告会社との間に、金二、〇〇〇万円の架空の金銭貸付名下に、弁済期を昭和四六年七月末日とし、利息年一割、遅延損害金二割なる約定の金銭消費貸借を締結し、債務不履行の場合は直ちに強制執行を受けても異議がない旨認諾するとの内容の不実記載の金銭消費貸借契約公正証書を作成した(同法務局所属公証人池田保之作成昭和四六年第三四八五号)。

5  被告会社は右不実記載の公正証書正本に執行文付与を得たうえ、原告会社の有体動産を差押えるべく、福島地方裁判所郡山支部執行官に強制執行を委任し、右委任を受けた同支部所属執行官らは昭和四六年八月四日、同年八月一二日、同年八月一八日及び同年九月一六日と前後四回に亘り原告会社がその事業運営に供していた機械、材料、工具、什器のすべての差押をなした(被差押物件の執行官見積価格合計金一、三五二万五、四九〇円)。右差押に対し、訴外大塚は、その物件の一部の所有権が訴外大塚に帰属していることなどを理由に第三者異議訴訟を提起し(福島地方裁判所郡山支部昭和四六年(ワ)第一六三号)、同時に強制執行停止決定を得た(同庁昭和四六年(モ)第二一三号)。また原告会社は請求異議訴訟を提起した(同庁昭和四六年(ワ)第二五二号)。これら本案訴訟は併合して審理されていたところ分離され、後者につき、昭和四八年六月二〇日、右差押の根拠たる前記金二、〇〇〇万円の貸金債権は全く架空であることを認定したうえ、原告会社勝訴の判決が言渡された(同判決は控訴、上告とも棄却されて確定した。)。

6  右のように、被告らが架空債権による公正証書を作成して強制執行に及んだ不法行為により原告会社は次の損害を蒙った。

(一) 原告会社が訴訟手続、差押等により蒙った損害

前記のとおり、原告会社は請求異議訴訟提起を余儀なくされ、差押に対処するため、左の合計金三四五万円の損害を蒙った。

(1) 金一〇二万九、〇〇〇円 請求異議訴訟本案貼用印紙代

(2) 金二六万四、〇〇〇円 別紙「目録」記載競売によって被告らが騙取した競売売得金

(3) 金五万三、一〇〇円 訴訟手続及び差押調査のため弁護士が東京・郡山間を往復した交通費(昭和四六年八月一六日から同四八年七月二四日まで一五回、一回金三、五四〇円)

(4) 金三〇〇万円 弁護士に対する手数料報酬

(5) 金三万円 謄本料、証明料、照会料、謄写料等

(二) 被告会社が架空債権と相殺した原告会社の被告会社に対する売掛金

原告会社は被告会社に対し、鋼材を売却してその代金七七万八、〇八二円の債権を有していたところ、被告会社は昭和四六年七月二五日前記架空貸金債権と対等額で相殺したが、右相殺は無効であるので、原告会社は被告会社に対し右売掛金の支払いを求める。

(三) 原告会社が事業を閉鎖されたために蒙った損害

前記したような被告らの不法行為によって原告会社が当時事業運営に供していた機械、鋼材、工具、什器等すべてが換価処分及び競売処分に付されたため原告会社の事務所及び工場は空同然となり、このため経営遂行が不可能に陥り従業員は四散し、昭和四六年一二月二五日に至り遂に事業閉鎖を余儀なくされ現在に及んだ。ところで、原告会社は、訴外大塚の全額出資による払込資本金三〇〇万円をもって鋼材及びシャーリングの販売並びに加工を営業目的として昭和四五年六月一日営業を開始し(設立登記は同月六日)、その後事業年度二期に亘る昭和四六年一二月三一日までの売上高は実に金二兆七九三万四、二九七円に達しながら、この間の事業年度はいわば経営体制の準備に伴う諸費用の出捐により赤字であったが、それは郡山地区への事業布石の基礎となって将来の飛躍が期待された折、漸く事業も軌道に乗ってこれからという矢先に被告らの悪質な不法行為によってこれが阻害され、遂に事業遂行不能という最悪事態に陥った。このような被告らの社会通念上常規を逸した不法行為によって原告会社の経営全体が阻止、侵害された場合、事業閉鎖によって原告会社が受けた損害については、具体的にその損害の内容を明示し得なくても(このような場合損害額を具体的に算定することは不可能である)、もともと原告会社としては、何ら第三者から加害行為を受けることなく営利法人として経営を遂行できる事業上の利益を有しているところから、右のような侵害行為は、原告会社のその固有の利益を侵害し、かつその人格権及び事業権の侵害、阻害として被告らは原告会社に対し相当の損害額を賠償すべき義務がある。然して、原告会社の経営規模及び被告らの侵害行為の態様等を考慮すれば、被告らは原告会社に対し金一、〇〇〇万円を支払うべきである。

7  前記張根浩は、原告会社の代表取締役であったことを奇貨とし、昭和四六年六月一二日より同年七月三一日までの間、原告会社の得意先である株式会社古山鉄工所(二本松市松岡二七四番地)外四社から売掛代金を額面総合計金七七六万三、九六四円の手形で集金して着服横領したが、被告紺野は、張根浩が騙取した右手形のうち左記記載の手形を右の情を知りながら被告会社名義で張根浩から取得し、それぞれの支払期日に被告紺野の妻紺野方子名義にて支払場所に呈示し、合計金七一四万六、三三二円を不法に取得し、原告会社に対して同額の損害を与えた。

番号

振出人

額面

支払期日

支払場所

株式会社勿来製作所

三二四万六、三三二円

四六、一二、  九

(株)常陽銀行植田支店

株式会社古山鉄工所

四〇万円

四六、一二、一〇

(株)東邦銀行二本松支店

鈴木鉄工株式会社

二〇〇万円

四七、  一、  五

(株)福島相互銀行本店

一五〇万円

合計

七一四万六、三三二円

8  よって、原告会社は被告らに対し、それぞれ請求の趣旨記載の金額及びこれらに対する本訴状送達の翌日より各完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因第1項について不知。

2  同第2項中、訴外大塚が旧郡山シャーリング社の負債を支払い、かつ同社の機械を買取ったとの点を否認し、その余については不知。

3  同第3項を否認する。

4  同第4項中、被告会社の代表者が被告紺野であり、被告紺野のかつての本名が崔寿浩で通称は山崎英雄であったことを認め張の帰国については不知。その余を否認する。

5  同第5項中、被告会社が執行官に強制執行の申立をし、原告主張の物件を差押えたこと、訴外大塚が第三者異議訴訟を提起し、強制執行停止決定が出たこと、原告が請求異議訴訟を提起し、昭和四八年六月二〇日原告勝訴の判決言渡があったこと、を認めるがその余を否認する。差押当時原告会社が有していた鉄板約五〇〇トンのうち実際に差押えたのはその極く一部である。

6  同第六項中、(二)のうち被告会社が原告主張の相殺をしたことのみを認め、その余を否認する。

7  同第7項中、訴外張に関する部分は不知、被告紺野に関する部分は否認する。原告主張の手形は昭和四六年七月末訴外紺野方子が金融業者安田商店を通じて取得したものである。

三、被告らの主張

1  原告の本訴請求は、法人格否認の法理ないし信義則により、許されない。すなわち、原告会社は、その実質において、訴外張根浩の個人会社であり、同人が名目上原告に属している財産について何らかの処分行為をなしたとしても、それは同人がいわば自己の財産を任意に処分したに過ぎない。されば、原告は右張がなした処分行為に関する限り、右張の個人会社としてしか振舞うことができないのであって、右張と別個独立の法人格を有すると主張することはできず、したがって、原告が右処分行為を否認することは、法人格否認の法理ないし信義則に照らし、許されない。

ところで、本件公正証書は、右張が被告会社に対し原告に名目上帰属する財産につき強制執行されることを自ら認諾したものであり、これは同人がいわば自己の財産につき処分行為をなしたものであり、原告の本訴請求は右理由により失当である。

2  仮に、右主張が理由がないとしても、本件の真実の訴訟遂行者は原告ではなく訴外大塚である。すなわち、訴外張根浩は訴外大塚から金三、〇〇〇万円を借りて郡山市城清水六五番宅地及びその地上建物(工場と事務所兼居宅)を譲渡担保に差入れ、もし右借金を営業収入で返済することができなかった場合には、右担保物の所有権を清算のうえ訴外大塚に帰属させることを約した。そして、右張はその後営業収入でもって右借金を返済することができなくなったのであるから、訴外大塚は右担保物の所有権を最終的に取得したものであり、後には両者間に清算関係が残存しているに過ぎず、しかも、右担保物の価額は金三、〇〇〇万円を超過するものであって、むしろ訴外大塚は右張に清算金を戻さなければならない立場にある。したがって、訴外大塚が右担保物の所有権を取得したことで満足するならば格別、それ以上の請求をすることは失当である。それゆえ、本訴請求は、訴外大塚が原告の名のもとに不当な利得を得ようとして提起したものであるから、権利の濫用により許されない。

3  仮に、右主張も理由がないとしても、原告は、その設立をみて営業を開始するに当り、旧郡山シャーリング社から土地、建物その他の重要資産のすべてを含む営業全体の譲渡を受けたものであるところ、旧郡山シャーリング社は原告に営業を譲渡して事実上廃業するのであるから商法二四五条に基づき株主総会の特別決議をなさなければならないにも拘らず全くその手続を経ず、他方、営業全部の譲渡を受けた新会社たる原告もやはり右同様の手続を経なければならないのにこれをしていなかった。したがって、旧郡山シャーリング社の原告に対する営業譲渡行為は無効であった。

ところで、原告は、本件において、右営業譲渡が有効であったことを当然の前提とし、右営業譲渡により有効に取得した財産或いはその総体である営業について侵害があったことによる損害の賠償を請求している。しかし、右のとおり、右営業譲渡は無効だったのであるから、原告が主張するような損害が有効に法の保護に親しむものとして発生する余地はなかったので、右損害の賠償を求める原告の請求は失当である。

第三、証拠《省略》

理由

一、《証拠省略》を総合すれば、訴外大塚は鋼材類等の販売を営む会社であるところ、昭和四四年秋ごろ、郡山市においてシャーリング業を営んでいた訴外持地一郎こと張根浩から、同人の営んでいた旧郡山シャーリング社の借金が約三、〇〇〇万円弱あってその経営が苦しいので右借金を肩代りして貰えれば同社の事務所、工場設備等を譲渡したい、ただ自分も同所で働かせて貰いたい旨の話があり、これを受けて訴外大塚は約三、〇〇〇万円を出資して旧郡山シャーリング社の土地、建物を買い取り、同社はこれでもって右借金を返済したこと、そこで、先ず旧郡山シャーリング社は休業届を提出すると同時に名義を変更し、その後に新たに訴外大塚の全額出資により郡山シャーリング株式会社として原告会社が設立され、訴外大塚より旧郡山シャーリング社の土地、建物を借入れ、代表取締役を訴外持地一郎こと張根浩とし、旧郡山シャーリング社の従業員中約半数の一二、三名を引継ぎ、シャーリングの営業を開始したこと、右と同時に訴外大塚の郡山営業所が原告会社事務所内に設置され、原告会社の代表取締役印は右営業所長(当時谷順次郎)が保管していたこと、等の事実が認められ、右によれば、原告会社の設立当初その代表取締役は訴外張根浩であったが、それは名目上のものであって、原告会社の実質的権限は訴外大塚に属していたことが認められ、この点に関し、訴外張が原告会社の実質的権限を有していたとの同人の証言は措信し得ず、他に被告らの主張第1項の事実を認めるに足る証拠はない。また、被告らは、原告会社は旧郡山シャーリング社の営業の全部の譲渡(商法二四五条一項一号参照)を受けたものである旨を主張するが、前記認定事実を総合すれば、訴外大塚が旧郡山シャーリング社の土地、建物を買取り、これでもって同社は債務を返済し、その後訴外大塚の全額出資でもって新たに原告会社が設立されたことが明らかで、《証拠省略》によれば、原告会社は旧郡山シャーリング社の工場設備、得意先及び従業員の一部を引継いだことが認められるが、それも営業体として価格が決められ、譲渡された形跡は窺えず、その他被告らの右主張事実を認定するに足る証拠はない。さらに、旧郡山シャーリング社の土地、建物を訴外大塚に対し担保に入れたとの《証拠省略》は信用できず、他に被告らの主張第2項の事実を認定するに足りる証拠はない。

二、次に、《証拠省略》を総合すれば、当庁昭和四六年(ワ)第二五二号請求異議事件判決も認定しているとおり、昭和四五年八月一日被告会社が原告会社に対し、金二、〇〇〇万円を貸付けたとの事実は存在せず、それに伴う福島地方法務局所属公証人池田保之作成にかかる昭和四六年七月七日付金銭消費貸借契約公正証書(以下、本件公正証書という。)は全く架空、虚構のものであることは明らかで、この点に関する《証拠省略》は措信できない。また、《証拠省略》を総合すれば、本件公正証書は訴外張と被告紺野とが相謀って捏造したことを断定することが可能で、被告会社が本件公正証書に基づき強制執行に及んだことは明らかに不法行為を構成するといわなければならない。(以下、本件不法行為という。)そして、《証拠省略》によれば、原告会社は被告会社から本件公正証書による強制執行を受けた結果、原告会社が当時運営の用に供していた機械、鋼材、工具、什器等が差押えられ、換価処分及び競売処分に付されたため、原告会社の事務所及び工場は空同然となって、昭和四六年一二月に至り、事業閉鎖を余儀なくされて現在に及んでいることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、被告らは右共同不法行為を理由に(被告紺野については商法二六六の三の責任も問える)原告に対し連帯して後記損害を賠償する責任がある。

三、損害

1  《証拠省略》並びに当事者間に争いのない事実を総合すれば、原告会社は、被告会社からの本件公正証書に基づく強制執行を受けて請求異議訴訟を提起し、その貼用印紙額が一〇万二、九〇〇円であったこと、被告らは別紙「目録」記載の競売による競売売得金として金二六万四、〇〇〇円を取得したこと、を認めることができ、また、原告会社が被告会社から強制執行を受けたため委任を受けた代理人弁護士が東京、郡山間を一五回に亘って往復し、その交通費が五万三、一〇〇円に達すること、謄本料、証明料、照会料、謄写料等が金三万円に達すること、を認めることができ、他にこれらの事実に反する証拠はなく、右各金員は被告らの本件不法行為により原告が蒙った損害であるから、被告らにおいて賠償すべき義務がある。また、右各証拠によれば、前記請求異議訴訟の提起、維持及び差押調査等のため代理人弁護士に対する手数料、報酬は、本件公正証書記載の貸付金額、被告らの本件不法行為の態様ないし事案の複雑さに照らし、金三〇〇万円を相当と思料され、これも本件不法行為による損害として被告らにおいて賠償すべきである。

2  原告会社は被告会社に対し鋼材を売却し、売掛債権七七万八、〇八二円を有していたが、被告会社が昭和四六年七月二五日本件公正証書記載の貸付金債権と対当額で相殺したことは被告らも認めるところ、右貸付金債権が架空のものであることは前記のとおりであるので、右相殺は無効であり、被告会社は原告に対し右金七七万八、〇八二円を支払う義務がある。

3  原告会社が被告らの本件不法行為の結果事業閉鎖の止むなきに至ったことは前記のとおりであるところ、利益追求を目的とする営利法人が不法行為により事業閉鎖を余儀なくされた場合、人格権ないし事業権の侵害として不法行為者に対して損害賠償を請求することができると解すべきである。

然して、原告が本件不法行為に基づく事業閉鎖によって蒙った右損害は、原告会社の設立の経緯、営業規模、同種企業の営業成績等に照らし、金五〇〇万円と認めるのが相当である。

四、原告主張の手形四通(額面合計金七一四万六、三三二円)を昭和四六年七月末訴外紺野方子が取得したことまでは被告らにおいて争わないところ、訴外張根浩に原告会社の代表取締役としての実質的権限がなかったことは前記のとおりであり、《証拠省略》を総合すれば、訴外張根浩が原告会社の得意先である株式会社古山鉄工所外二社から売掛代金回収と称して勝手に右手形四通を受け取って横領し、これを情を通じた被告紺野が被告会社名義で取得してそれぞれの支払期日に訴外紺野方子の名義にて支払場所に呈示して各支払いを受けたことが認められ(る。)《証拠判断省略》右によれば、被告らは共謀して法律上何らの原因なくして右手形四通を取得し、額面合計金七一四万六、三三二円の手形金の支払を受け、原告に同額の損害を与えたことが明らかであり、被告らは原告に対し右損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

五、以上によれば、原告の本訴請求は、被告会社に対し右売掛金金七七万八、〇八二円、被告らに対し右損害金一、五五九万六、三三二円及びこれらに対する本件記録上明らかな本訴状送達の翌日である昭和四八年一〇月一七日より各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項、仮執行の宣言並びに同免脱の宣言について同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大石一宣 裁判長裁判官白石悦穂は転補のため、裁判官松本勝は退官のため署名捺印することができない。裁判官 大石一宣)

<以下省略>

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